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第3回目: 正岡慶三(町有林の植林)

 正岡慶三は、慶応2年(1866)9月5日、旧久万町大字入野(いりの)の森岡家に生まれました。慶三は少年時代、経済的にはあまり恵まれていませんでしたが、貧苦に耐えて学問に力を注ぎました。その努力が実って小学校4年終了後、戸長役場の書記となり、その手腕が認められました。その後、西明神(現久万高原町西明神)の正岡家に入り、明治35年(1902)、西明神村村長となりました。

  このような生い立ちをもつ慶三は、非常に勉強家でした。そのうえ、人の苦しみをよく理解し、いつも相手の立場に立って物事を考えました。学識も深く、将来への見通しをたてることのできる人でした。

正岡慶三  村長になった当時は、東明神村(現久万高原町東明神)、西明神村、入野村(現久万高原町入野)が合併して間もなくのことであり、各地区の対立が激しかったときでもあります。慶三は、三地区の対立をなくするために公事を第一として、物事の解決を図りました。村役場の建築、小学校の改築、避病舎の建築などその業績は多かったのです。

  また、明治41年(1908)、部落有林の統合を行いました。合併して明神村ができるまでに、各部落に共有林がありましたが、その山林は荒れたところが多く、境界も複雑で問題を起こしやすかったのです。その部落有林を整理、統合して、約500町歩(500ヘクタール)の村有林をつくりあげました。この統合は、各部落の利害がともなっただけに困難な仕事でしたが、それをなしとげた功績は大きいものです。この部有林の統合を機会に、一戸あたり杉苗300本を配布し、村有林内へ自由に植林させました。村民から「三百杉」と呼ばれ、現在は美しい山林となっています。また、村有林は、明神村の基本財産として成長し、小学校の建築などに使用され、村財政を支えてきました。

  慶三は、村民にもやさしかったのです。酒好きで庶民的であり、身分によるわけへだてはしませんでした。村民も慶三を慕い、村長をやめようとしたときにも、惜しんでやめさせなかったという話が残っています。

  大正4年(1915)、9月25日、県会議員となって活躍しましたが、対象5年(1916)2月11日、松山市で惜しくも亡くなられました。

(「上浮穴郡に光をかかげた人々」より引用 愛媛県上浮穴郡旧久万町教育委員会編)


 
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