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樹の人

第6回目: 鶴井 浅二郎 (柳谷村で村有林植林活動)

 鶴井浅次郎は、父六弥、母ナカの二男として、明治15年(1882)9月5日、旧柳谷村大字柳井川松木に生まれました。のちに、鶴井源五郎の養子となりました。浅次郎17歳の年です。

新谷米三郎  父源五郎の家は財産家で、人のうわさでは千両箱が36箱もあるということでした。つまり、当時の金の36,000円であるからたいしたものだったのでしょう。

  浅次郎が村長時代に腕をふるったのは、何といっても部落有林300町歩(300ヘクタール)を村有林にまとめたことでしょう。さらに、60町歩にわたって植林をし、柳谷村の植林の基礎を築いていきました。

  明治41年(1908)ころは誰しも山に対して魅力を感じなかった時代です。そのとき、村有林をまとめ、植林をしていたために、のちに学校の建築ができ、さらに、道路の開発にも力を入れることができたのです。そのことを考えると、浅次郎には先見の明があったというべきでしょう。

 浅次郎在任中の、もう一つ特筆すべきことは、柳井川に発電所が生まれたことです。県下で始めての発電所ができたのは道後の湯山だといいます。伊予水力電気株式会社が、明治39年(1906)に工事を始めていますが、県下で2番目の発電所ということで、村人は驚いたということです。

  1升の米が当時15銭、1日働いて米1升が相場でした。ところが、電気工事に行くと12時間働いて48銭もらいました。つまり、米が3升買えたのですから驚いたのは当然のことでしょう。

  このように、発電所の建設のおかげで金まわりはよくなり、落出の町は発展し、郡内に先駆けて電燈をともすことができました。

  恵まれた環境の中で育った浅次郎は、よき時代の村長であったといえるでしょう。昭和41年(1966)10月10日、この世を去りました。

(「上浮穴郡に光をかかげた人々」より引用 愛媛県上浮穴郡旧久万町教育委員会編)


 
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